はじめに
従業員から「お金を貸してもらえませんか」と相談を受けることは珍しいことではありません。
しかし安易に対応すると返済トラブルや社内の不公平感につながることもあります。
経営者としてどう判断しどう対応すべきかを整理します。
1.基本方針:「会社としては原則貸さない」
まず前提として、会社のお金を従業員個人の貸し付けに使うことは原則避けるべきです。
理由は次の通りです。
- 一度貸すと他の従業員への前例となる
- 返済トラブルが生じると職場の信頼関係に影響する
- 退職や転職で未回収になるリスクが高い
会社の資金は事業を継続・発展させるためのものです。
個人支援に使うと本来の経営判断がぶれてしまいます。
したがって、まずは**「会社としては貸さない」**という姿勢を明確にしておくことが重要です。
2.それでも助けたい場合は「個人として」
長年勤めている社員や家庭の事情などで本当に困っている従業員もいるかもしれません。
そうした場合は、会社ではなく社長個人として支援するという選択が適切です。
- 会社の経費ではなく、社長のポケットマネーから渡す
- 「返ってこなくても構わない」範囲にとどめる
- あくまで私的な支援として処理し、会社経理に関与させない
これなら税務上も問題にならず他の従業員にも不公平感を与えません。
善意であっても、会社のお金と個人の支援は明確に区別することが大切です。
3.会社として貸す場合の手順と注意点
どうしても会社から貸す必要がある場合は、
感情ではなく手続きに基づいて慎重に対応しましょう。
(1) 理由と返済見込みを確認する
なぜ必要なのか、どのくらいの期間で返済可能なのかを具体的に聞き取ります。
曖昧な返済計画しか立てられない場合は、貸すべきではありません。
(2) 書面で契約を交わす
口約束はトラブルのもとです。
貸付金額・返済期日・返済方法を明記した金銭消費貸借契約書を作成しましょう。
特に「給与からの天引きに同意する」旨の記載を忘れずに入れることが重要です。
(3) 給与からの天引きで返済する場合のルール
給与天引きによる返済を行う場合、次の点に注意が必要です。
- 本人の明確な同意(書面)が必須
労働基準法第24条により、同意なしの天引きは「賃金の全額払いの原則」に反します。 - 控除できる上限は原則4分の1まで
民事執行法第152条(給与の差押禁止)に準じ、
手取り額の4分の1を超える控除は原則できません。 - 実務上は2〜3割以内が目安
本人の生活維持を考慮し、返済は月1〜3万円など現実的な金額に設定するのが望ましいです。 - 退職・休職時の対応
退職時に残債がある場合、最終給与や退職金から相殺することは可能ですが、
必ず事前に同意書を取り、契約書にも明記しておきましょう。
(4) 利息設定と税務上の注意
無利息で貸すと「みなし利息」として、会社が利息相当額を得たものとみなされる可能性があります。
もっとも、短期間かつ少額の貸付であれば、実務上は問題とされないケースが大半です。
貸付期間が長期にわたる場合や金額が大きい場合は、
年1%程度の利息を設定しておくと安全です。
4.返済が滞った場合の対応
返済が遅れた場合は、まず本人と面談し、原因を確認します。
単なる遅延なのか、返済不能に陥っているのかで対応が異なります。
- 一時的な遅れであれば、返済計画の見直しで対応
- 返済不能の場合は、追加貸付は避け、残債処理の方向で整理
- 職務上の影響がある場合は、信頼関係の問題として人事判断も検討
特に、貸し付けを理由に勤務態度が悪化する場合や他の従業員への影響が出る場合には、
放置せず、早めに対処することが重要です。
5.まとめ:貸す・貸さないを「経営判断」で整理する
従業員への貸し付けは、思いやりから始まっても、
結果的にトラブルとなることが多いテーマです。
- 原則は「会社として貸さない」
- どうしても助けたい場合は「社長個人として」
- 会社で貸す場合は契約書・同意書・返済管理を徹底する
お金のトラブルは、信頼関係と経営の両方に影響します。
経営者としては、「助けたい気持ち」だけで判断せず、
会社を守るためのルールとしてどう対応するかを基準に考えることが大切です。
【免責事項】
本記事の内容は、一般的な法務・税務の考え方をもとにした参考情報です。
実際の貸付条件や返済方法の設定については、顧問税理士・社会保険労務士などの
専門家にご相談のうえ判断してください。